ベトナムの強制社会保険制度は、現地法人や駐在員事務所等でベトナム人従業員を採用した際に理解すべき重要なポイントの一つですが、そもそもベトナムの強制社会保険制度がどのようなもので、日本の社会保険制度とどのように異なるか解説します。
強制社会保険の構成
まずはベトナムの強制社会保険の構成ですが、以下3つの保険基金で構成されます。
- 社会保険 (日本でいう「厚生年金保険」)
- 医療保険 (日本でいう「健康保険」)
- 失業保険 (日本でいう「雇用保険」)
ちなみに用語の混乱を避けるため、以降は「強制社会保険」と「社会保険」を分けて記載します。前者は上記①②③の3つを総合的に意味し、後者は①のみを意味します。
このうち、上記①社会保険はさらに以下5つの保険基金で構成されます。通常このような詳細な区分は考慮する必要がなく、「社会保険」の大枠だけを理解出来れば十分なのですが、一部の特殊ケースで社会保険の一部だけ納付すれば良いことがあるので、ここに詳細な区分を記載しておきます。
- 退職年金保険
- 遺族保険
- 疾病保険
- 妊娠出産保険
- 労働災害職業病保険
| 社会保険 | 医療保険 | 失業保険 | ||||
| 退職年金 保険 | 遺族 保険 | 疾病 保険 | 妊娠出産 保険 | 労働災害職業病 保険 | ||
保険料率
次に、保険料率を見てみましょう。
各種保険の料率は以下の通りで、現状は企業が21.5%で従業員が10.5%という配分ですが、政府の決定により法令上、企業の負担率を22%まで引き上げることが可能となっています。
| 社会保険 | 医療保険 | 失業保険 | 合計 | |
| 企業 | 17.5% | 3.0% | 1.0% | 21.5% |
| 従業員 | 8.0% | 1.5% | 1.0% | 10.5% |
| 合計 | 25.5% | 4.5% | 2.0% | 32.0% |
更に社会保険の詳細区分まで見た保険率は以下の通りになります。
| 社会保険 | 医療保険 | 失業保険 | 合計 | |||
| 退職年金保険& 遺族保険 | 疾病保険& 妊娠出産保険 | 労働災害職業病 保険 | ||||
| 企業 | 14.0% | 3.0% | 0.5% | 3.0% | 1.0% | 21.5% |
| 従業員 | 8.0% | 1.5% | 1.0% | 10.5% | ||
| 合計 | 22.0% | 3.0% | 0.5% | 4.5% | 2.0% | 32.0% |
保険料の計算対象所得
そして、保険料の計算対象所得はいくらになるか説明します。
ベトナムの強制社会保険の計算対象所得は基本給のみだと誤解されることが多いですが、正確には基本給ではなく「給与性のある所得」です。
旧法令では、「労働契約書に記載される給与金額」との規定があったので、基本給のみを労働契約書に記載し、それに応じる保険料のみ納付する方法も認められていました。
しかし、現行法令では労働契約書への記載がなくても、以下のような「給与性のある手当」(労働の環境や仕事の複雑さ、生活の環境を補填する手当)も保険料の計算対象所得に含まれます。
- 職位手当
- 責任手当
- 言語手当
- 危険手当
- 勤続手当
- 地域手当
- 流動手当(勤務地が複数あり、移動が多い業務への手当)
- 奨励手当(生活が困難な地域で勤務する場合の手当)
逆に言えば、「給与性のない手当」は強制社会保険料の計算に含まれません。その例は以下の通りです。
- 賞与
- 食事手当
- ガソリン手当
- 電話手当
- 通勤手当
- 保育手当
- 住宅手当
- 育児手当
- 一時援助金 (労災支援金、誕生日祝い金、等)
この中でも賞与が保険料の計算対象にならないことは日本と大きく異なる点です。
尚、日本では賞与は給与と別に計算されますが、ベトナムでは賞与は支給時の月給と合算して給与計算され、課税所得となるものの、強制社会保険の対象にはなりません。
計算対象所得の限度額
ところで、強制保険の計算対象所得は必ずしもその全額が計算されるわけではなく、限度額が設定されます。
つまり、一定金額以上の所得がある従業員は、法令で定められる「限度額」まで保険料を払えば良いということになります。
具体的には、社会保険と医療保険の限度額は「基礎賃金」を、失業保険は「最低賃金」をベースに規定されます。
| 区分 | 計算限度額 |
| 社会保険 | 基礎賃金の20倍 ※1 (全国共通) |
| 医療保険 | 基礎賃金の20倍 ※1 (全国共通) |
| 失業保険 | 最低賃金の20倍 ※2 (エリア別) |
ここで記載した「最低賃金」はよく耳にする言葉だと思いますが、「基礎賃金」はあまり馴染みがないかもしれませんので、少し補足します。
※1「基礎賃金」とはベトナム人公務員の給与を計算するためのベース給与で、民間企業の労働者の最低賃金とは異なります。
ちなみに、2024年7月1日以降の基礎賃金は2,340,000VND/月ですので、社会保険と医療保険の計算限度額は46,800,000VNDになります。
※2「最低賃金」とは一般(民間企業の)労働者に適用される最低給与で、地域の発展状況や生活水準によって異なります。
ハノイ、ホーチミン、ハイフォン、ビンズン省、ドンナイ省(一部市外地区を除き)はエリア1に分類されています。
尚、2024年7月時点では、最低賃金の金額は以下です。
| 区分 | 最低賃金(月額) | 失業保険の計算限度額 |
| エリア1 | 4,960,000 VND | 99,200,000 VND |
| エリア2 | 4,410,000 VND | 88,200,000 VND |
| エリア3 | 3,860,000 VND | 77,200,000 VND |
| アリア4 | 3,450,000 VND | 69,000,000 VND |